2003/6/28 (Sat)  街に滞在

ARP本部で飼われてるわんこ☆しっぽ振りすぎてブレてるとこがかわいいでしょう!→

田舎のARPEDを出まして、只今チェンナイ市内のARP本部オフィスに滞在しているであります。フェリックスさん(6月8日日記参照)のオフィスなのですが、フェリックスさんが今海外出張のため、不在で会えず!久しぶりにお姿を拝めると思ったら残念無念。

あー、やっぱ街は落ち着くわ。と思ってしまいます。水も水道から出るし、大好きなアイスクリームだって、すぐそこにお店があって買えるし、インターネットもすぐできるし、ミネラルウォーターだって飲み放題、トイレも水洗。滅多に停電もしないし・・・。アイスクリーム、めっちゃおいしいんですよ!こっちの。今ハマってるのが、ダブルマンゴーとかいうやつで、外がマンゴーのシャーベット、中がこってりしたミルクアイスで超オイシイんですよ。これで12ルピー(30円ぐらい)はいいですね。ロンドンのそこらへんで売ってるばか高いアイスよりずっとおいしいですよ。今日も食べよう。マンゴー以外にもいろいろトロピカルフルーツの種類が豊富みたいなので、街にいるうちに試してみようかな。

こう思うと、私はやっぱ便利さに囲まれて生活してきてるもんだなあと思いますね。何でも手に届く範囲にあることが当然な世界って、ありがたいです。今の私には。ロンドンも名古屋も便利だわ。あー、大学ロンドン市内にしといて良かった。

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ARP本部オフィスには、門番の90歳ぐらいのヨボヨボで腰が曲がったおじいちゃん(通称ターター)が住んでいらっしゃいます。タミル語しか通じないので、頼みごとをする時困りものですが、爺さんはかわいいですね。

夕方になると、門の外に向かってなんか叫んでいるので、冷やかしにきた子供を追い払っているのかな、と思っていましたが、近所のおばちゃんたちと話しているのだそうです。

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田舎では野生の不思議生物に出くわします。ばかでかい蟻とか、カメレオンとか、見たことないようなきれいな色の蛇とか。カメレオンって、ほんとに赤くなったり黄色くなったりするんだーって感動的です。

蟻によく噛まれますが、なんであんなに小さい蟻に噛まれただけでこんなに痛いのかムカツクぐらい痛いんですよー。なんであんなに痛いんだろ。

ヤモリもいっぱいいるので、最近は捕獲が趣味となっています。冷たくてプニプニして気持ちいいです。目がかわいいですね。20センチぐらいあるようなデブヤモリもいますが意外にすばしっこく、まだ記録としては5センチの子供ヤモリの捕獲に成功したぐらいです。あ、捕獲って言っても捕まえた1分後には放してますからね。うまく捕獲しないと、尻尾を切って逃げるんですよ〜。あ、爬虫類が苦手な人はこんな話ごめんですね。すみません。


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いきなり全然違う話で申し訳ないですが、なんで人は憎しみあうんでしょうかね。憎しみをどこかで完全に止めることはできないんでしょうか。

少なくとも私は、憎しむことよりは平和的になることのほうが良いと思っているし、憎しみから生まれるものは良くないものだと感じるので、別の考えに変えようと努力してますが・・・

6月25日  バスの中 & 臭う水

ARPED滞在4日目。ソーシャルワーカーさん達のお仕事にくっついて、ダリットの村を周ってました。朝、バスで20分ぐらい揺られて行ったのですがね、行きのバスがすし詰め状態!座れなくて立ってました。

前に子供を抱えた女性が立ってましたが、気付くとなんと、子供を抱えてる手を布で隠して、私の愛用カンボジア産ポシェットを必死に盗ろうとしてました。10分ほどの格闘の後、失敗に終わってました。私からモノを盗ろうなんぞ、10年早いわ!

まあ、財布にも100円ぐらいしか入れてなかったんですが。でもダリットの人にしてみれば、100円は2、3日分の給料ですからね。しかし盗みは許しません!

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不便な村暮らしも慣れてきましたが、やっぱり困るのが水ですね。水道がないので自由に使えない。いちいち頼むのがね・・・。トイレを流す水、体を洗う水、洗濯する水。夜中になくなったりすると、朝まで待たなきゃいけないんですもの。居候生活ってきっついわ。

ミネラルウォーターも、今滞在してる村の近くには売ってないので、井戸水を沸騰させて飲んでいます。

が、ちょっと臭うんですね。水が。なんか臭うなあ・・・と思いつつ、飲んでいましたが体に異常はないですし、肌もピチピチ(ほんとにロンドンにいた時よりツルツル!)なままなので(変な水飲むと次の日肌がボロボロになる体質)飲んでますが。

ミネラルウォーターを買ってきてください、とも言えず、我慢してましたが昨日、臭いの元を発見。水を沸かす鍋ですね。カレーやらご飯やら炊くので、その臭いが水にも移るのですね。だって、井戸水自体は無臭なんだもんね。

で、今日からはじめた対策法!お茶っ葉を入れて、日本茶にして臭い消しです。日本茶持ってきて正解ね。日本茶のカテキンやらビタミンCが肌を白くさせたり、殺菌効果もあるので持ってこいです。チャイ用の紅茶でもいいけどやっぱ日本茶でしょ。これからはこれをペットボトルに入れて持ち歩きます。井戸水を飲まざるを得ない状況になる疑いのある人にオススメの対策です。滅多にいないだろうけど。


あ、念のため書いておきます。下の日記ですが、別に私はカーストの人たちに敵対心持ってるわけでもないし、カースト、ダリット関係なく同じ人間だと思っていますよ。ご了承くださいな。

2003/6/24  カーストにガンとばしてみる

(写真上)Ambedker村。小さいでしょ。典型的なわらぶき屋根のダリットの家々。毎日のように、どこかでカーストの人たちによる放火があるので、コンクリート製の家に建てかえることを援助している→
(写真下)様子を伺いにきたカーストの人たち。

名のない小さなダリットの村が、ARPEDの協力を受けることが決まり、名前をつける式典に参加しました。本当に小さな村で、家は10件もありません。

新しい村の名前は「Ambedker village」!!ダリットの英雄、B.R.Ambedkerの名前がつきました。村の名前の看板の開幕をするという重役を任されましたナツコさん。拍手とともに開幕させていただきました。なんか笑える。

開幕後、提供されたチャイを飲んでいたら、村の入り口に人が集まっています。ARPEDのスタッフの人が、「あれはカーストの人だよ」と教えてくれました。

そうです。付近に住んでいる、カーストの人たちが開幕式の様子を見に来ていたのです。村には入ってこようとせず、入り口で座ってる人とか立ってる人とか。全部女性でしたが。ダリットのくせに〜、とでも思っているような雰囲気でしたが、注目先は私のようでした。

式が終わり、車に乗り込む際に、カーストの小学生か中学生ぐらいの女の子たちが6、7人じーーーーーっと「何この人」ってかんじの無表情で私のことを見ているので、よし、こうなったら勝負よ!と思って私も車の中からじーーーーーっと無表情で見つめました(その距離約2メートル)。そしたら目をそらしたので「勝った」とか思ってしまったよ。何やってんだか・・・。


しかしまあ、差別の視線は嫌なもんですね。でもこれはインドだけと思ってはいけませんね。どこの国にも、もちろん日本にもありますね。客観的にばかばかしい、と思えることは、やっちゃいかんですね。

2003/6/23  インド人のここが変! & 3キロ先の村 & 民衆劇

延々と続くあぜ道と、民衆劇の様子と水牛。水牛は角に色がつけてある場合が多い→

裸足で生活してるせいか、足の裏の皮膚が厚くなってきてるような・・・?こっちの人たち、村の外に出る以外はどこでも裸足で、足の裏とか皮膚が象さんみたいになってる!びびる!ああ、私、象さんになるのかしら。

インド人、初対面なのにいっぱい質問します!
しかも質問する順番まで、みんな一緒!!
まず、名前→ごはんは食べたかどうか(社交辞令らしい)→どこから来たか→年齢→結婚してるかどうか→父母の名前(なんで?)→父母の職業→兄弟はいるかどうか

というとこまでは、大抵聞かれます。
NGOの方達は、外国人慣れしてるだけあって、こんなプライバシーの侵害みたいな質問はしませんが。当然のように年齢と結婚してるか否かは聞かれるのにはびびります。

挨拶は、普通、合掌して「ワナカム!」と言いますが、外国人を見ると額に手を当てて(敬礼ってかんじで)、「ハーイ!ハーワーユー?」と言ってきます。うーん。

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ARPEDが援助している村へ出かけました。オフィスからバスで15分ほど走り、着いた!と思ったら、「ここから歩くのよ」ですと。

歩く道は、道っていうか、田んぼのあぜ道です。人がやっと一人通れる4、50センチほどの土手で、途中で崩れていたりします。おそろしー。途中で足を怪我しちゃいました。でも大丈夫です。おいおいどこまで歩くんだーと思いつつ、ひたすらあぜ道を歩いて歩いて3キロ。150人ほどが住む村に辿り着きました。これまたわらぶき屋根の典型的なダリットの村です。

とにかく今日は暑かったのと、寝不足だったので意識が朦朧としていて、村人とあまり触れ合えませんでしたが、獲れたてのココナツジュースとココナツの実をごちそうになりました。ココナツの実はイカみたいでぬるぬるしてました。あまりおいしいとはいえませんね。

ここの住民は、とにかくあのあぜ道を、車が通れるような道路にして欲しいと、ARPED通して政府に働きかけているところです。病院に行くのにも数時間かけて歩かねばなりません。ここらへんはコブラやサソリが出るので、かまれたら10分以内に病院に行かないと死に至ります。子供を生むときも、病院まで歩くのは不可能で、母体の安全が気遣われます。あぜ道は、バナナの木などで視界が遮られていて大変危険で、学校に通う子供達もレイプやその他カーストの人たちによる犯罪に巻き込まれたりしているそうです。

こんな不便なところに住んでいる理由は、やはり、アッパーカーストの人たちが、この土地に住め、ということで住まわされているということです。

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夜は、ARPEDに資金援助している、フランスの団体からボランティアさん2人が来ていて、一緒に民衆劇の活動に参加しました。また別の村です。

ARPEDは、ダリットたちに、自分たちの状況を把握することと、それを改善するにはどうしたらよいか、を、演劇を演じて伝えることもしています。民衆劇と呼ばれています。野外で、村の子供から老人まで集まり、笑いやダンスをまじえた劇で、途中途中に歌やナレーションが入り、楽しみつつ、自分たちの状況を把握するという感じです。

最後に、私からの言葉を!と言われたので、何も準備してなかったのでびびってしまい、普通のはなむけの言葉のようなことしか言えませんでした。あちゃー。しかし、民衆劇という方法は、なるほどな、というかんじでした。これが普通に言葉で話していたら、まず子供は聞かないでしょうし、聞いている人は3分の1となっていたでしょう。理解するのにも時間がかかることと思いますね。

2003/6/23 (Mon)  重い話

昨日から、ARPEDという団体のあるチェンナイから北に向かってバスで4時間ほどの村に滞在しています。ダリットの人権運動に関わるプラブさんと、ソーシャルワーカーの奥さんのマリーさん、娘さん、お手伝いさんが住んでいるオフィスに滞在してます。

今日はARPEDのスタッフミーティングで、団体についての話、スタッフの紹介(18人)と、それぞれの役割、と、スタッフの経験をプラブさんの通訳介して話していただきました。 

とにかく重くて重くて。うなづくことと首を振ることしかできませんでした。
ダリットの人々、特に女性の地位はものすごく低く、当たり前のような非人間的扱い、暴行殺人、男性に対してもものを言えない立場におかれています。

ひととおり、そんなお話を2時間ほど聞いた後は休憩でしたが、もう精神的にいっぱいいっぱいになってしまって。何もする気が起きない。

あまりに私が凹んでいるので、奥さんのマリーさんが心配して「何でも言いなさい」と言ってくれたのですが、ただ「今日の話が重すぎて・・・」と言うことしかできませんでした。それを言ったらなんだか涙がぼろぼろ出てきてしまいました。きっと私も旅の疲れとかが出てきたのでしょう。思いっきり泣けば良いものを、なんだか温室でいい生活してきてる自分が泣くのが恥ずかしくて、必死でこらえてました。でもマリーさんにはばれてるだろうな。実際辛いのはダリットの人たちなのに。

ソーシャルワーカーとして、村へ何度も足を運び、女性の権利回復のために努力されている、マリーさん。そんな私に自分の経験を話してくれました。もうワーカーとして24年も働いているけれど、ものすごく長く辛い道のりだったと。村に行って、女性に教育すれば、男性から痛い目にあったり、余計なことをするなと言われたり。それでも村に足を運んで、家庭内暴力を受け続ける女性や、ひどい目にあっている人を助けたいという一心で、がんばって来て、今も苦しい事件ばかり起こるけれど自信が少しづつ、ついたわ、と。

女性には収入源がないので、とにかく男性の言いなりになるしかない。男性はアッパーカーストに奴隷として安い賃金(一日あたり20ルピー(50円ほど・・・50円では一日過ごす食料もろくに買えない))でこき使われている。そのやるせないストレスをぶつける先が、女性となり、女性はそれを耐えるしかない。再婚はダリットは禁じられているので出戻りもできない。女性は働き口がないので結婚して誰かに付属していなければ生きていけない。

どれだけ辛い道のりだったか、想像を絶します。そんなマリーさんの表情はいつも、すっごく優しさに満ちていて、素敵です。母性的な暖かさに満ちた目をしています。単純に、本当にすごいなと思ってしまいます。色んな人の辛さを身をもって受け止めていくこと。大変なことです。

2003/6/21 (Mon)  友達の死

久しぶりにメールのチェックができたと思ったら・・・
日本の仲の良い友達が交通事故で5日前に亡くなっていました。まだ20代後半だったのに・・・。

ショック。とにかくショック。
何も言えません。

ほんとに、みなさん、どうか気をつけてください!

2003/6/20  もっともっと村 & 差別

上はチャイを飲む用のカップ。私にだけ提供された→
下はプラスチックのカップでコーヒーを飲む女性。詳しくは本文参照

日帰りで、IW&CEEDSというNGOの活動場所を見せていただきました。こちらはとっても新しくて、今まで見てきた団体の活動経歴が10年、15年と長いのに比べて、まだ活動はじめて1年半です。

具体的に何をしているのかと言いますと、やはりダリットたち、特に女性の自立支援のための教育です。あ、教育って言っても国語とか算数とかじゃないですよ。避妊のしかた含めきちんとした性知識や、家族計画の立て方、アッパーカースト(中、上流階級)の人たちなどに騙されないようにする知識、など。

まだ人権回復活動が新しいだけに、差別のされ方が半端じゃないです。聞くところによると、先週、ヒンズー教のお祭りがあった際には、この村の人たちはカーニバルに来ることも見ることさえ禁じられたそうです。あと、村の近くにあるお店でも買い物を禁じられていたり。なんと、飲み物を飲むための容器まで制限されてるそうです。普通はチャイを飲むために銀色のカップを使いますが、住民達はプラスチックのカップしか許されていません。その他立ち入り禁止区域やしてはいけないこと、数々の掟があるそう。暴行なども日常的に加えられているそうです。

まー!なんて低レベルのことをやってんでしょ!ばかばかしいったらありゃしないね。
君達は小学生かね!アッパーカーストの人たち!

それとなく、住民達の表情なども、今まで訪れた村の人たちとは違います。着ている服とかも。やっぱりなんと言うか、縮こまってるていうか・・・。村の男性はアッパーカーストの農場で主に農業奴隷として働いているそうですが、仕事もあまりなく、家族を養うお金を作るのも大変。病院に行くのも何十キロも歩かねばなりません。女性には働き口がなく、一家の家計を父親に頼るのみです。

極めて女性の地位が低く、女の子供が生まれると、その場で殺してしまうということをすることがあるそう。避妊の知識と避妊具がない彼らにとっては、こうして人口抑制をしているということなんでしょう。これは、道徳的なことから言ったら人殺しなので良くありませんので、NGO団体の人もこれを阻止し、避妊をすすめています。文化、風習的なものか、人権か。どちらをとるか。

2003/6/18  シスター・アルメリ

集会の様子→

昨日から3日間は、シスター・アルメリというこれまた偉大なお方の施設にてステイしてます。17日夜に、ダリット女性の会が開かれて、大勢のダリットの村の女性リーダー達が集まりました。150名はいたのではないでしょうか。今回の会の目的は、HIV、STDの感染を防ぐための知識を伝えるというものです。

主催はシスター・アルメリのNGO団体(GIRWDS)です。ゲストとしてHIVや性感染症についてチェンナイ近郊で活躍されている博士が呼ばれていましたが、お話したところ、なんとLSE(ロンドン経済大学)出身!!あ、ちなみに私、このときロンドン大学Tシャツ着てました。なんだかうれしかったです。私もイギリスからのゲスト、としてちゃっかりゲスト席に座ってました。

1時間ほどの集会でしたが、その後、色んな人が握手してくれと来て、なんだか私、全然すごくないのにアイドル並みの扱いを受けてました。日本人はやっぱ珍しいのね。

その後、カチュール村からバスで1時間ほど走ったところにシスター・アルメリの施設があり、バスで向かいます。着いてびっくり!!なんて素敵な施設でしょう。ダリット向け小学校、中学校が併設されているカトリック系の建物です。生徒数約1000名。至る所に十字架とかマリア様、キリスト様の絵や像があります。小中学校の方は、シスターアルメリの施設ではなく、別の団体のものだそうです。

キリスト教会はじめ、先生やシスター達の寮もあります。女の子の生徒さん、珍しく膝丈スカートをはいているではありませんか。ここでは膝丈スカートの女の子はほとんど見ません。なにしろ、足を見せる行為は下着を見せていると同じような感覚みたいです。シスターに尋ねたところ、ここは少し街なのでスカートの制服は珍しくないそう。

ゲストルームに泊まってますが、ああ、トイレも洋式でトイレットペーパーも流して良いし(インドはペーパー使わないので普通は流しちゃだめ)、女しかいないし警備は素晴らしいし、安心して眠れました。やっぱ安全だとはいえ、村とかはちょっと怖いって思ってしまっている自分に気付きました。

シスター・アルメリはパナマ出身で、ソーシャルワーカーとしてインドに住み着いているのだそう。女一人でここまで大きな団体作ってしまうのはほんとにすごいわ。うーむ・・・。60代前半だそうですが、ずっと若く見えます。ピンク色のサリーがかわいらしく、よくお似合いです。

今日は私の体調が悪かったので、シスター・アルメリのオフィスを覗かせてもらって、お話をして、午後は寝てました。夕方、のそのそ起きたらお部屋に案内してくれ、生活場所まで覗かせていただきました。極めて質素な生活と、粗食。あ、もちろんほぼ3食カレーですが。アルメリさんはじめ、シスター達はみんな健康そうです。

アンバッカム村よりも、ずっとカチュール村とここの施設は涼しいので、顔と全身にできた汗疹も治ったんですが・・・治ったあとの肌を見てびっくり!自分で言うのもなんですが、めっちゃくちゃ肌がきれいになってます。つるっつる!!きっと、辛いものばかり食べているので新陳代謝が促進され、肌に良いのでしょうなあ。

若い神父様がいて、夜ご飯を作ってくれました。中華風のヌードルを作ってくれて、カレー以外の夕食はこれが初めてかも?!やるねえ、神父。あ、ちなみに神父と牧師の違い、分かりますか?前者はカトリック、後者はプロテスタント系のファーザーの呼び名です。カトリック系は規律が厳しく、結婚は禁じられています。プロテスタントは結婚可です。ARPの長、フェリックスさんはプロテスタント系なので、牧師様なのです。

2003/6/17  ターター

ターターと、笑顔がキュートな女の子↑

カチュール村滞在3日目。私がステイしてる住民団体の会長さんの隣の家に、ターター(タミル語でおじいちゃん)とみんなから呼ばれている長老が住んでいます。78歳。アンバッカムの施設でリハビリの先生として働いていたのだそうです。

ターターは私を「マイスイート ナイス グランドチャイルド」と呼んでくれています。ターターは英語が達者で、ターターと会長さんぐらいしか英語が通じないので、たくさんお話しました。

目が不自由なため、お手伝いさんを一人、雇っています。ターターは私をたいそう気に入ってくれ、ことあるごとに私をお茶に呼んでくれたり、お話してくれました。ほんと、ご老人のお話は面白い!ご老人は生きた百科事典です。この人、うちのお爺様(癒し系参照)とかなり通じるところがありますね。ちゃっかりしてるとことか雰囲気が似てます。日本の歌を歌ってくれと言われたので、元ちとせのハイヌミカゼを歌いましたよ。なんとなくリズムがいいかなってね。そしたら「ナイチンゲールのような美しい歌声だ」とよく分からない誉めかたをしてくれました。うれしかったです。

連日の暑さで体調を崩されているそうで、今日は病院へ私がターターの目となり、手引きして同行しました。歩いて15分ほどのところに政府経営の小さな村の病院があります。足もよたよたしてるので、炎天下の中15分の距離はきつかったことでしょう。診察料と薬は無料なので、いつもわれ先に診察してもらおうとする人で押し合いへし合いしていますが、ターターは障害者なので人ごみをかきわけて、お医者様に特別に診てもらうことができました。みんなどんな病気にかかってるか分からないので人ごみに割って入るのは怖かったですが、精神力で通り抜けました。

注射を打ってもらい、薬をもらって、ターターのお友達の家に数件寄って帰りましたが、帰り道に「今まで色々な国の人と会ったが、ナツコが一番心の距離が近く、心を開いてくれ、優しくしてくれた外国人じゃ!」とか、「ワシはできることならマイスイート ナイス グランドチャイルド ナツコを死ぬまで手放したくないぞ!」とか言ってくれるではありませんか。

夕方にハグしてさよならしましたが、ちょっと辛かったですね。やっぱ。出会いの数だけ別れも辛いね。私が教えた「ありがとう」という日本語を最後に言ってくれました。

2003/6/15  ガンジーは我らの敵?

ヤギの行進と、チャイを作る女性↑

アンバッカム村から10キロほど先のカチュール村に滞在して2日目。ここのNGOの長の家にホームステイしてます。NGOってか、いわゆる地域住民団体の会長、みたいなかんじです。ここの村もダリットの村なので、人権回復運動などのリーダー、といったかんじでしょうか。政府VSダリット住民ていう姿勢が強いですね。

ここはほんとに村ってかんじで、トイレもオープンエアー、牛もヤギも鶏もウロウロしてます。住民の屋根もわらぶき屋根です。40件ほどの家が村にはあるそうです。会長さんの家の二階がゲストハウスとなっていて、トイレとかもちゃんとついていたので安心ですが、住民たちのオープンエアーのトイレはやっぱまだ使う勇気がありません。ううー。あれでは絶対衛生状態悪化するよ。現にあのトイレのせいで、伝染病等も発生しやすくなってるそうですし。

村人がアンバッカムの施設と比べて外国人慣れしてないからまとわりついてくる!肌が白いのが珍しいのか、触りまくってくるっていうか。一人では村歩かないようにしてます。別に変なことはされないけどね。歩けないの。なんだか。

今日は若者のための住民集会が開かれました。タミル語での集会なのでもちろん私には訳がわかりませんでしたが、各地域のリーダーとかが集まって、水不足について討論してたそうです。結論は、灌漑設備を充実させろ、というような意見書を役場に提出するとか何とか。

最後に私から質問してよいと言われたので、B.R.Ambedkarについてどう思うかを聞きました。B.R.Ambedkarという人はあまり知られてはいませんが、インドのダリットの間では超神様のような存在で、ダリットの人権運動で活躍した人です。どこへ行っても銅像や、ポスターが見られます。

では、マハトマ・ガンジーについてどう思うか、を尋ねたところ、「彼は私たちの敵だ」と言うではありませんか。超ショック!だってガンジーってヒーローだと思っていたから。

「ガンジーはアッパーカースト(カースト制度の上流階級)と、イギリス人にとってのヒーローであって、私たちダリットは彼の眼中にはなかった」ですと。

ガンジーは非暴力でインドの独立を願ったが、カースト制度、ヒンズー教に関しては受け入れていて、それがダリットにとってはマイナスだったのだそう。ヒンズー教、カースト制度の中ではダリットはあくまでも“触れてはいけないもの・untouchable”で、非人間的な扱いを受けることになるので。

街中ではよくガンジー像を見ますが、1999年の統計では、ガンジー像よりB.R.Ambedkar像のほうが多いのだそう。彼の働きは相当大きかったそうで、ヒンズー寺院に入ることの許されていないダリットの身で寺院に入って抵抗運動したり、色々文書としてダリットの人権を現したそうな。上流階級の人から見たらうざい身分だけにあまり世界に知られていないのだそう。

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あー、カレー辛っ!!!
でも口内炎もやっと治りました。あんなでかい口内炎初めてよ。
1センチ近くあったかんじです。

昨日、辛くないカレーを食べたらおいしくない!と思ってしまった。野菜中心の食生活で、超健康的ですよ。辛くて量はあまり食べれないけど。

こちらは南部なのでカレーにはナンではなく、ドーサと呼ばれる米粉でできたパンケーキのようなものか、チャパティーか、米でいただきます。私好みなのはチャパティーです。

2003/6/12  お祭り

葉っぱ隊→

本日は、アンバッカム施設局長こと、ラジャコパールさんに近くの村でお祭りがあるから、と連れて行ってもらいました。

ラジャコパールさんは超インド映画に出てきそうな(悪役)男前のちょっと顔つきが怖いマハラジャってかんじのインド人です。鼻の下の髭がなんともインド人です。頭もリーゼントっぽくて映画俳優ばりのおじさんです。奥様が若くてきれいなんです。ヒンズー教の女神様みたい。

アンバッカムから5キロということで、ラジャコパールさんのバイクの後ろに乗せてもらいました☆シスター達にヒューヒュー冷やかされながらバイクで夕暮れの田舎道を突っ走ります。気分はもうインド映画に出演してる気満々です。

近くの村は、比較的大きな村で、約1000世帯6000人住んでいるそうです。ここの村の家はわらぶき屋根で、縄文時代の家みたいなかんじです。いかにも「世界ウルルン大紀行」に出てくるような村って言ったらいいんでしょうか。ナツコシラキがーーーーーインドのーーーーー○○村にいーーーーーーー行ったあーーーーーーーーーー←これ通じる人は心の鈴が鳴ったと思ってください。おら日本人初めて見ただ〜、ってかんじでみんなわらわら集まってきます。

今日はヒンズー教のヤギのお祭りだそうです。ヤギいっぱいいました。おもちゃなどを売る露天が出ていました。葉っぱを腰に巻いた姿の子供がたくさんいました。伝統なのだそうです。葉っぱ隊(笑う犬のね)を思い出しました。あ、葉っぱをたくさんつけている点では違いますが。私が歩くとみんなぞろぞろ付いてきます。ご老人には私は相当珍しかったようで、皆様目がまん丸でした。

みんな話しかけてくるのですが分からんので「タミルテレヤード(タミル語わからない)」とばっか言ってました。矛盾してますね。タミル語でタミル語分からないと言うのは。

帰り道にはARPの施設の一部である山岳民族の住む小さな集合住宅にお邪魔しました。20件家が建っていて、近くの山に住む山岳民族の人たちがすんでいます。ARPの生徒さんたちとはまた違った雰囲気の人たちで、着ている服もサリーでなくボロボロの洋服、といったかんじです。バイクで5分ほど走っただけなのにこんなに違うのね。

   下のつづき

てかすごいんですよ。ものすごーくうるさいキッチンのドアがバン!と空いたと思ったら、中から5、6人のインド人がタイヤのついた台に乗った大きな釜を押してガヤガヤと走り出てきて、そこから小さい釜に盛って私たちの葉っぱのお皿に盛るのですが、その勢いがとにかくすごかった。うす笑いを浮かべて見てるしかありませんでしたわ。もう誰もが怒鳴りあってるし(多分普通にしゃべってるだけなんだろうけどね)、いやー、インド人、落ち着いた場所は要らないのでしょうね。食事も落ち着くことを知らないっ!

兄弟が結婚する当のシスターの親族以外にも、他の子達の家族がいっぱい来てて、「シスター!パパ!」「シスター!私のおじちゃん!」「私のお兄ちゃん!かっこいい?」とひっきりなしに腕をひっぱるので、この混乱の中でも気を使い、ご挨拶だけでもする私って丁寧な、いかにも日本人だわ。

とにかく疲れたっ!!インド人すげえ!
あの勢いは中国人超えるわ。
面白いもの見れて良かったです。
今まで見たことのなかったものを毎日たくさん見てますよ。

2003/6/11  初サリー&結婚式

結婚式の様子と披露宴会場↑

本日もまたすごいものを目撃、というか体験しましたよ。
結婚式です。

シスターのうちの一人のお兄さんがご結婚なさるそうで、シスター10人と私とフェリックスさん、運転手さん、アンバッカムの施設局長さんで行くことに。

そのために、私は昨日、シスター一人を道連れにして、バスで10分ほどの小さなマーケットのようなとこに行ってサリーを購入しました。私の好きなミッドナイトブル−で、シルクの素材です。シスター達は150〜300ルピー(400円〜750円ぐらい)のサリーをいつも着てるというのでそれに合わせて300ルピーのものを買いましたが、超ゴージャスなんですよ。

ミッドナイトブルーがグラデーションしてて、金のゴージャスなプリントが施されています。超センス良いんですよ。中に着るスカートと胸のすぐ下で切れてるシャツ用の生地を買って、今朝、仕立ててもらいました。

お裁縫の授業中にシャツ作ってあげる!!と一番仲の良いシスターが言ってくれるではありませんか。なので午前中に行ったらお裁縫の先生が作ってくれて、あっという間に私の体にぴったりのサイズのものが出来上がりました。

さて、着てみるとですね、えっ?!?!?!?!こ、これは!!
涼しすぎる!!うそーってかんじです。マジで涼しい。
洋服着て汗ダラダラ流してるのがアホみたい。
シルクの部分が汗を吸い取って、すぐに風で蒸発させてくれるんですよ。ひんやりしてきもちいい!しかもお腹は丸出しなので風が通ってなおよし。だからシスターも街中の人もこれ着てるのね。

中に着る胸の下までの激短いシャツがアオザイ(ベトナムの民族衣装)並に体にフィットするデザインで、汗がとにかく流れていかないんですよ。これは相当すごい。民族衣装って工夫されてるわ。だから暑いベトナムでは体にフィットするアオザイが生まれたのね。

みんなに「シスター!スーパー(最高という意味でsuperを使ってるみたい)!」と散々おだてられて、結婚式会場へ。

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アンバッカムから車で2時間ほど。車の中ではフェリックスさんとミュージカルの話で盛り上がったり今後の打ち合わせしたり。なんか、NYに滞在してたとき、学生はブロードウェイのミュージカルがタダで見れるときがあったそうな。う、うらやましー!!今でもそうなのかな。ロンドン!見習ってちょうだい!

結婚されるご家庭は、クリスチャンだったので教会にて結婚式です。でもさ、私以外みんなインド人ね。いっときますが。神父様も会場の人も誰もかれもインド人です。もちろん。

賛美歌を歌い、黙とう、誓いの言葉、誰か男の人による賛美歌(めっちゃへたくそ)、賛美歌って言ってもタミル語で、しかもリズムもインド風にアレンジされてますよ。なんかふにゃふにゃしてます。シスター達のいつも歌ってる賛美歌もそんなかんじです。

男女の関係について、やっぱ保守的なインドだからでしょうか、誓いのキスなし、男女で座る場所別々(客席)、指輪交換もありませんでした。

が、しかし、クライマックスが近づき、牧師様とかが賛美歌(へたくそ)を歌っていたその時、停電です。もう夜の7時を回っていたので真っ暗です。しかしそんなことには負けず、牧師様は続けていらっしゃいましたが、客の皆様は一斉に外へと出て行きました。

えっ?!いいわけ?!と思っていると、みんなどこかへ向かっています。私もシスター達に手を引っ張られて向かうとなんと、披露宴会場!!2000人は入るであろう会場での披露宴です。なんか誰かが歌とか歌ってます。新郎新婦が来て、15分くらい座っていると、いきなりまたシスター達立ち上がり、どこかへ向かいます。建物の地下に入ろうとする人々が押し寄せてるとこに入ろうとしてます。

もうこの時点で私はヘトヘト・・・だって夜とはいえ、35度ぐらいの中クーラーなしでよ?これは洋服だったら死んでたわ。も、もういいよ、と思っていると地下で食事があるから、とシスター達は言ってます。

人ごみのなか、シスター達にもみくちゃにされつつ20分ほど待ったその時、食事会場の門が開きました。一斉に入る人々!おおーこんなところで転んだらひとたまりもありません!死ぬよ。ホントに。

地下食堂は500人収容ぐらい。大きなテーブルが何列も並んでいて、もう席がなくなってました。うげ。またそこでも15分ほどギャーギャーと言いながら待って、席が空いたのでお食事です。空いた、というよりも、シスターが「食べたんならさっさとどいて!」とおっさん達に言ってたかんじ。

目の前に大きな葉っぱが並べられて、勢いよく甘いものやカレー、オニオンヨーグルト、ドライカレーが盛られていきます。てかすごいんですよ。ものすごーくうるさいキッチンのドアがバン!と空いたと思ったら、中から5、6人のインド人がタイヤのつい

2003/6/10  ほんとのインド

・・・てかさあ・・・何なのよ?この国は。
着いて5日目にして、やっと田舎から抜け出して、街に出てみましたが・・・

分かりました。

誰もが「インドすごい!」っていう理由が。

同じアジアでも、この国だけ違うわ。人が多い、汚い、砂埃、牛、てのは想像してましたが。なめてました。想像はるかに超えてましたよ。田舎にいてはこれは分からんわ。

一言で言うならば、カオス(混沌)ですね。うん。

タイのパッポン通りもマレーシアのチャイナタウンもすごいとおもっとったけど・・・こんなに混沌ってかんじのとこは、同じアジアでもインドだけじゃないのかな。

45度近い気温の中でさあ。神聖なる白い水牛がゴミ溜まりの中でごみを漁っている横で、はだかんぼの子供がウロウロしてたりさ。90歳ぐらいのガリガリヨボヨボの老人が骨と皮だけのヤギと行水してたり。人いすぎ!!埃にまみれて人人ひとひとひとひとひとひとひと無限大。うじゃうじゃうじゃ。みんな何で生きてるのかね。そんなにまでして。なんでそんなに人増えてんのかね。街中がゴミだらけ。まじで街全体がごみ集積場。今まで汚いと思っていたものが汚いと思えなくなります。ほんっとに汚いの限界はるかに超えている。

バスが走ってんのに追いかけて続々と人が飛び乗ってるし(そんなに大勢みんなどこに向かってんのかね?)、乗りすぎてあふれて落ちてる人も普通にいるし。もう笑うしかありませんでしたよ。あははは。人間ってこんなに生命力強かったんだ。こんなにエネルギーあるんだね。

なんか、腰巻一枚でフラフラ歩いていたり、暑い中平気で炎天下の中座っていたり、一人一人を取り出して見ると目がすわってるし病んでる感じがしないでもないですが、これだけそういうのが集まると、なぜかパワーいっぱいです。やたらと。パワーが渦巻いてます。どの国も、都会のスラムは物悲しいかんじが漂いますが、インドのスラムは楽しい感じはしませんが、エネルギーでいっぱいだわ・・・。

そんなのを見ていたら、もう何でもできる気がしてきました。怖いものは何もないって本気で思っちゃう。インドをなめとったわ。私。ショックを隠しきれません。インド人すごいわ。強すぎ。

通りかかると一斉に私のほう注目するんですよ。日本人は珍しいのか?最初はこわーとか思ってたけどね、その暑苦しい視線がだんだん快感になってくる自分が怖いわ。

自分の抱えてる悩みとか(あんまないけど)がどうでもよくなってきますよ。どこを見ても落ち着いた場所がない。落ち着き、という言葉はここにはないのかね。村は超落ち着いてるけどね。ほんと、ぐっしゃあ〜〜〜っと引っ掻き回したような街ですねここ。自然に笑えてくるのが面白いわ。

南部の街なので、まだ首都のデリーと比べると軽いらしいですが。


はあ、100聞は一見にしかず、とはよく言いますが、納得です。
これはいくら文章に書いても小奇麗にしか聞こえないわ。
いかんわ。いかんよまじで。人生観変わるわ。これは。

はー納得納得!パワーもらいましたよ。


村に帰って、ロンドンの写真を見ましたが・・・なんて整った場所なんだと思いました。相当ごちゃごちゃしてると思っていたのに。

まだまだ私は青いわ。

2003/6/9 (Fri)  水について

枯渇する井戸→

大変です。こちらは。
水不足です。暑すぎます。
あ、でも飲み水はすぐ手に入るので毎日3〜4ℓ飲んでます。

なにしろ朝昼夜深夜24時間絶えず汗が出ている状態なので、本当に水分摂らないとやっていけません。

問題なのはですね、体を洗ったり、洗濯したりするお水!
私の今いるアンバッカム村にある施設ではよく停電するものの、一応少しは電気があり、夜は7時半〜10時ぐらいまで自家発電で動いてます、が、私が到着する2日ほど前に台風のようなものが来て、電線がブチ切れて、昼間と夜間の電気がストップしています。インド人のことだからいつ工事始めてくれるかテレヤード(タミル語で分からない)です。

お水が自家発電でなく、今ストップしている電気でいつも汲み上げているので水道から水が出ません。今は村の人が汲み上げているみたいです。

ああー、こんなことなら来るんじゃなかった・・・帰りたい〜だって、私がひとり増えたせいで、一人分の水の使用量が増えてさ。いつなくなるか分かんない井戸水を使わせていただくのが申し訳なくて。水を部屋まで運ぶのも、私がやろうとすると「いいからいいから!」って施設の人が運んでくれるので申し訳ない。

日中は45度ぐらいなので暑すぎて考え事できないし、意識も朦朧としてくるし、このままじゃあ本気でやばいと思いました。水がない状態って、人の心をひもじくさせますよ。イライラさせます。弱い人はやっていけません。付近に生えているマンゴーの木もなんか枯れてるし、葉っぱも踏むたび乾燥してバリバリ言ってるしシスター(施設の生徒さんたち)も慣れているとはいえ、汗ダラダラ流してお裁縫してたりします。こりゃー水をめぐって闘争も起きるわ〜、マジで。あ、ここで起こってるってわけでないのでご心配なく。

フェリックスさんに言ったらもうすぐ雨の季節が来るから安心して水は使いなさいと言われましたが・・・。早く雨来い〜!!あー辛い。水がないのって辛い。辛い辛い。ほんっとイライラする。もー!!あー、水をじゃんじゃん使ってた状態が信じられない。

2003/6/8  フェリックスさん & 牛肉好きインド人

靴なんて暑すぎて履いていられないので草履持って来たのは正解。でももう壊れた(右側のやつ)。ガバディ(鬼ごっこみたいなゲーム)のやりすぎ!?→

あー、体中汗疹だらけでかゆいかゆい!!!顔もボロボロです。かゆいー!!

*****

私が今回お世話になっているARPという団体の長、フェリックスさんはもう一目見たときからファンです。私。

牧師さんなのですが、インドのダリット層出身、マドラス大学卒業後、ニューヨーク神学大学で修士(コロンビア大と思っていたけど違ったみたい)、シカゴ大学で博士号を取得されたいわゆるエリート牧師さんです。NYではハーレムに住んで黒人の人権運動のアシスタントをし、その後はインドのダリット人権運動にて活躍されています。

見た目がまず素晴らしいです。サングラスをかけたら葉巻きが似合う、眉間のシワが素敵なこわもてインドのマフィア、てかんじです。

しかしですね、礼拝のときにシスター達と歌う愛らしい姿や、超低くて渋い声での説教は笑いをこらえるのに必死な私です。だめですね。わたしには邪念があります。お祈りの最中にいけません!

車での移動中など、持続可能な開発について、NGOについて、色々とお話を聞かせていただいていますが、ひとしきり熱く語ったあと、グウグウ居眠りをはじめます。めっちゃ写真撮りたかったけど人って写真撮るときに限って目を覚ますものだからやめました。そう、私は言わずと知れた(?)「Mr.ギャップ」マニア!!見た目と中身のギャップの激しい殿方にとことん弱し!そんなMr.ギャップのフェリックスさんです。

現在はダリット、山岳部族の人権回復運動や教育その他、人材育成などインド南部のチェンナイ近郊で活躍されています。名古屋にも来たことがあるそう。

色々学ばせていただきます!!ほんとに寛大でジーニアスなお方で、尊敬してしまいます。

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晩御飯に牛肉カレーが出た!
ええーっ食べてよいのかね、これは?
シスター曰く、「インド人は牛肉好きよ」ですと!
ああそうだ、ここの施設はじめ、ダリットの世界はヒンズー教以外の人が多いから牛肉もOKなのだね。まさかここで牛肉食べれるとは。

カレーは色んなバリエーションがあってほんとにおいしいです。ひたすら辛いけど。ヤギの肉も食卓に並ぶことが多いです。辛いカレーと、午前、午後のお茶タイムに出される激甘のチャイ(インド風ミルクティー)のコントラストがいいです。

カレーはベジタブルのもの、魚、肉、豆、卵、など様々です。カレー以外の食事を見たことがないんですが。とにかくカレーですね。カレーカレーカレー。あ、でも私の朝食は、フェリックスさん等の配慮でパンと卵とチャイという西洋式になってます。ありがとうございます。

2003/6/6 (Fri)  旅の目的 & ダリット & シスターたち

↑シスター達。

チェンナイ市内から車で1.5時間ほど。アンバッカム村にあるARPの施設に滞在しています。ここでは、ダリット(不可触民とカースト制度の中で呼ばれている人たち・下記参照)の人たちのお裁縫学校や染色など直接収入につながるような教育と、小学生の寮などがこじんまりと建っています。基本的に自給自足なので、鶏や七面鳥ほか、食用の動物が敷地内にたくさんいます。こちらの鶏は日本のものと比べて足も長く、ものすごく強そうです。喧嘩したら絶対負けます。

現在は夏休みだそうで、シスターたち(生徒さん)の数は40名ほど。みなさん、小学生ぐらいの年代から、おばちゃんまで様々です。


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ダリット(Dalit)という言葉を知っている人は少ないと思いますが、ダリットとは、不可触民、untouchable people、などとヒンズー教の世界、カースト制度の中では差別されている人たちのことです。ヒンズー寺院に入ることさえ少し前はできなかったそうです。ダリットはインド全人口の20%、プラス5%の山岳部族がインド社会では肩身の狭い思いをしているそうです。

私の今回の旅の目的は、「持続可能な開発(sustainable development)とは何か」「それに基づくNGOの働きとはどんなものか」を身をもって勉強すること。ARPはじめ、私がこれから滞在する村やNGOは、地域住民中心で、「自分たちの問題は、自分たちの手で解決する」というのをモットーとしているそう。

やっぱ、先進国や、第三者に問題の解決を委ねるのではなく、自分たちのことを自分たちの手で解決するのが一番の持続可能な開発に結びつくことであると思います。

ちなみに、私がここでいう開発、とは、単なる近代化とか便利さの追求とかでなく、“開発=今の状況をよりよくすること”、という視点で使っています。

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アンバッカムの施設のシスターは、付近の村から集まってきていますが、みんなサリーやその他民族衣装を着てて、これがまたかわいい!!サリーはセクシーだし、色もカラフルだし・・・髪の毛にジャスミンの花を飾っていたりかわいいです。

日本人やその他外国人がよく滞在するそうで、いい意味で外国人慣れしてて、タミル語を教えるのが超うますぎ!英語も単語程度なら理解できる子がちらほらいるのでそういう子に「ウォーター、タミル ミーニング?(タミル語で水はなんていうの?といってるつもり)」とか聞いたりしてます。困ってるとみんな必ず助けてくれて、頼もしいです。

シスターだけでなく、職員さんや村人もいい人いっぱいです。全員インド人ですよ。もちろん。インド人は日本人を騙すって言うけどあれはやっぱ都市だけの話ね。田舎の人はどこへ行っても優しくて素朴でいい人だわ。

バス停とかに立ってるとわやわや人が集まってきて、いっぱい質問されます。どこからあんなに人が集まってくるのか知らんけど。しかし暑い、暑すぎる。ほんとに。殺人的暑さです。まじ。24時間汗かいてます。あー、しんどい。アスファルト以外での蜃気楼は初めて見ました。一歩足を踏み出すたびに汗がダラダラダラっと出ます。

2003/6/9 (Mon)  つづき!

ああー!途中で切れた(下の日記)!
そして何書いたか忘れた!

でも、女の子たちにもみくちゃにされながら、だんだんとタミル語も簡単なものぐらいは言えるようになってきました。「私、今日、行く、チェンナイ」とか。

これから2,3週間連絡が取れないかもしれませんが、ご心配なく!
ほかのNGOを見るため、村のほうにこもることになりそうです。

あ、こっちきてからずっと手で食べてますよ。
ナイフフォークスプーン箸使ってません。

とにかく暑くて意識が朦朧としますが私は元気ですよ。
あー、どっかの誰かさん連れてこればよかったわ。

2003/6/9 (Mon)  どーも!インドより!

こんぬづわー!あぢいよ・・・まじで。
無事、インドに着きまして、4日が経ちました。
そりゃあもう大変よ。

とりあえず時間ないのでかいつまんで書きますね。

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空港に着いて、まずSARSのチェック。ていうかいくつか質問に答えるだけだけど。荷物もちゃんと出てきて、両替して、タクシーの客引きを恐れながら空港を出ると、いた!私の名前from Londonと書いた紙を持ったインド人の人!

で、ウェルカムー!とか言ってジャスミンの花輪をかけてくれました。おおーインド!

着いた日はチェンナイ市内のホテル(一泊500円)にて過ごしますが(迎えに来た人はオフィスへ戻りました)「安全なとこだからね」って言ってくれたが・・・なぜかインド人のおっさんがいっぱいたむろしとるやんけ!こわっ!うん。でも信じましょう。きっとインドにおいての危険ってのはものすごい危険なんでしょうね。

でも怖かったので鍵もガッチリかけて窓も閉めて、もちろん一泊500円ですからエアコンなし!天井扇はついているものの、暑い暑い・・・マジ暑くて寝れたの3時間ぐらいの上に、ドアの外で日本人の話し声を聞くという夢か幻覚(?)が見えましたよ。きっと疲れすぎてたのね。しかもボタンをポチポチ押していたらいきなりブザーが鳴り出して、やばっ!と思ってたら誰かがドアをたたきます。こわかったので返事しないと「何か御用ですかー?」みたいなことを言ってます。あ、ベルボーイを呼ぶブザーを押してしまったのね。ベルボーイと言っても12歳ぐらいの子でしたが。間違えました。


翌日(7日)に、フェリックスさんというARP(お世話になるNGO団体)の長が迎えに来てくれました。この人すごいんです。インドの貧困層出身、でもがんばって大学出て、英国コロンビア大学で博士号を取られました。ニューヨーク滞在中はハーレムにも住み、黒人の人権問題について深く追跡したそうです。その後インドに戻り、カースト制度にも入らない貧困層の人々(全国民の25%)、”ダリット”と呼ばれる人々の人権回復活動をしていらっしゃいます。


フェリックスさんは70年代にニューヨークにいたそうで、そのときはきっともっと黒人の人権問題が深刻だったと思います。そんな話をしながら農村部の私の滞在するアンバッカムという村へ向かいます。チェンナイから車で一時間半ぐらい。牛がいっぱいおるおる!道あるいとる!

印象としては、今まで行ったアジアの国では一番タイに近いかなあ・・・?フィリピンみたいにアメリカ色強くなくて、マレーシアみたいに洗練されてなくて・・・でもタイともまた違った感じですね。何が言いたいのか分かりませんね。急いで書いているのでお許しを。


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私の滞在するアンバッカムのARPは、ダリットの人々、特に女性の人権問題に焦点を置いた活動をしています。例えばお裁縫とか染色とか、手に職をつけるために必要な技術を教えています。ほかにも身体障害者のリハビリ施設がありますが、そこには今はあまり人はいない様子です。付近の村(といってもバスで5時間かけて来る子も)からの生徒が泊まる施設と教会(ARPはカトリック系)と学校がこじんまりと敷地内にあり、とてもかわいらしい場所です。

今は夏休みで生徒の人数は半分以下だそうですが、たくさんの女の子たち(と男の子数名)が迎えてくれました。カトリックなので、「シスター」と呼び合っています。女の子たちって言っても小学生ぐらいから結婚してる人までいますよ。今の人数はどのぐらいでしょう?30〜40名ぐらいかしら。

私の泊まる部屋は蚊帳付きのベッドに天井扇、バスルーム付きという想像してたより豪華な部屋です。あ、でもヤモリとかいっぱい壁にくっついていますが。トカゲ類好きなので私は全然OKです。心配してたトイレもちゃんとペーパーついてましたよ。日本人のボランティアさんも過去に数名滞在されていたそうです。

電気が全くないと思いきや、停電は多いものの、電気は使われていて、明かりもつくみたいですが・・・なんと、私が来る数日前に台風のようなものが来て、電線が完璧に切れて今は電気が来ない!いやもうそりゃあ大変です。それはまたのちほど書きます。

部屋は数ヶ月使われていなかったみたいで、ヤモリのう○ちとか床に藁や埃がたまってたのでさっそくお掃除です。なんだかんだやってたら女の子が「シスター!チャイ!」ていってチャイ(インド式甘いミルクティー)を持ってきてくれました。女の子たち、みんなカラフルなサリーを着てめっちゃかわいいです。

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幸運なことに、JICA関係でインドに9ヶ月住んでいるYさんが日本への一時帰国後にこの村をちょうど再来していて、最初の2日間はYさんからあれこれ聞きました。心強い!夜とか真っ暗なんだもん。隣の部屋にいると思うだけで心強いわ。ほんと、昼間

2003/6/6 (Fri)  Sri Lanka

I am very sorry about writing in English because I know some guys cannot read it, excuse it, please.

Now I am in Sri Lanka airport and waiting for the flight to India, what a hell!! Due to my considerless plan, I made a silly mistake about the connection. I arrived here at 6;00 am and my next flight will be 19:00 pm, which means...I have to wait for over half of a day. I slept for five hours in the lounge, I have to wait more 8 hours.

The meal in the flight was absolutely delicious; Sri Lankan meal. I love it but I am sure I will be in the heaven of the curry in India: curry three times a day. I am glad to eat curry at the breakfast.

Since I apart from London, which means I cannot eat lovely European food, thus I rushed to PAUL bakery in Covent Garden and got some armond croissait and pan au chocolat... I love them. Thank you Yuki!!telling me that :-)

2003/6/5 (Thu)  いってきます〜

ほいでは、行ってきますね!
ちゃんととんさんも連れて行きますよ→

体にだけは気をつけます〜

インドでは日記がもしかしたら更新できないかも!
でもできたらしますので、皆様ちょくちょくチェックしてくださいね☆

2003/6/1 (Sun)  sightseeing

おとといからフランス、ストラスブール在住のゆきさんがうちに泊りに来ています!めっちゃ観光してますよ。

あきひとさんと先輩のラマさん(雅号忘れてしまった!ごめんなさいね)と4人でフィッシュ&チップス後飲みまして、あきひとさんは日本へ旅立ちました。もう着いたようですね。無事。


昨日はノッティング・ヒルのマーケット行き、夜はミュージカル「ボンベイ ドリームズ」というインドミュージカルを観ました!インド行く前に見れてよかったかも。なんかインドで笑えた。しかもめっちゃ良い席が半額以下で!一緒に踊りたかった・・・まじで。こりゃーインドで習ってくるしかないね。

で、今日はイングリッシュ・ブレックファーストを食べ、ゆきさんご希望でウィンブルドンへ行くものの、テニスコートは別の場所で結局見れずじまいでした。あちゃー。私がついていながら申し訳ない。

そしてそして先ほど、ミュージカル「ライオンキング」を観ました!ついに!!ず〜っと観たかったのでうれしかったです。もう、始まった瞬間から涙がボロボロボロ〜っと出て超感動でした。やっぱいいわ・・・豪華だわ。劇団四季のが観たいな。帰ったときに名古屋でやってますように・・・。

シンバ(主役のライオン)の小さいときとか、お父さん、お母さんはイギリス英語っぽかったんですが、成人した後はアメリカ英語になってておお!ってかんじでした。途中で環境の違うところで育った、ていうバックグラウンドをそういうので現してたのかしらねー。

ああいう心を揺さぶるものは、定期的に見ないといけないなと思った。心がやっぱ潤うよ。


ゆきさん情報によれば、やはりフランスはパンとかお菓子に関して相当熱を注いでいるようでうらやましい限り。フランスパンのおいしい話を聞く度にいいな〜と思ってしまいます。いいなーまじで・・・。ロンドン!もっと安くてヘルシーでおいしいものを作ってください。